大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

新潟家庭裁判所長岡支部 昭和41年(家)1026号 審判 1967年1月12日

申立人 外川三郎(仮名)

被相続人 ヤマカワ・テルエ(仮名)

主文

新潟県長岡市草生津町二丁目七八番地弁護士中沢利秋を失踪者ヤマカワ・テルエの相続財産の管理人に選任する。

理由

申立人は、被相続人ヤマカワ・テルエの相続財産について、相続財産管理人を選任する旨の審判を求め、その実情として、申立人は被相続人ヤマカワ・テルエの兄であつて、被相続人の配偶者及び直系卑属が分明ならざるときには第三順位の相続人たるべき地位にある者である。被相続人は昭和二二年五月二日オランダ国籍ロドルス・ヤマカワと婚姻し同日届出に因つて日本国籍を喪失し、その後ジャカルタ市において居住して居たが、夫との間に家庭争議を起し、自殺を企て未遂の揚句、昭和二八年頃インドネシヤ青年とともに家出して消息を断ち、その所在は勿論、生死のほども知れず、外務省、現地日本公使館の調査でも判明せず現在に及んでいる。

ところが、申立人及び被相続人等の父である外川正次が昭和三〇年一月一六日死亡して相続が開始したのに、被相続人の生死が未だ判明しないので、取り敢えず別紙目録記載の相続不動産につき申立人と被相続人の共有名義に相続登記を経由した。従つて父正次の遺産は凡て被相続人と申立人との共有であるのに、被相続人の相続人が判明しないために共有物の分割をすることもできず、又被相続人の負担すべき共有不動産の公租公課等をも申立人において立替出捐している等の事情にある。そこで申立人は、被相続人に対する消息の調査資料に基づき家庭裁判所に失踪宣告の申立をして、昭和四〇年九月一三日被相続人が昭和二八年月日不詳以来七年以上生死不明であるから失踪者とする旨の審判がなされて同年一〇月一日確定したので、被相続人は昭和三五年一二月三一日死亡とみなされ相続が開始した。然るに被相続人の夫ロドルス・ヤマカワの生死も判明しないのみならず、被相続人に直系卑属が存在するかどうかも不明であり、又被相続人の本国法についても外務省、在外日本公使館を通じて調査するも、本件の場合の如き事例に該当する法律が不明である。

しかしながら申立人と被相続人との共有不動産の一部が道路改修のため買収されることとなり、又申立人の経済上の事由により他に売却する必要に迫られており、それには前提として遺産分割をする必要がある。

そこで被相続人の相続人の存在が判明するまでの間、被相続人の相続財産の管理人の選任を求むるため本申立に及んだ次第であるというのである。

そこで審案するに、外川正次の除籍謄本、外川三郎の戸籍謄本、不動産登記簿謄本(四三部)に当庁昭和三九年(家)第二八七八号失踪の宣告申立事件記録を綜合すれば、申立人の妹であるテルエは、昭和二二年五月二日横浜市磯子区長に対しオランダ国ジャバヤゲタン○○番地ロドルス・ヤマカワと婚姻する旨の届出をして夫婦となり、日本国籍を喪失した。その後インドネシア国ジャカルタ市マゲタン通○○番地において夫婦生活をして居たものであるが、昭和二八年頃からその所在を晦まし、外務者を通じ現地の日本公使館に依嘱して調査したけれども右テルエの消息が判明しないものである。

ところが申立人及び前記テルエ等の父である外川正次が昭和三〇年一月一六日死亡して相続が開始したのに、同人の五女であるテルエの生死が不明のままであるため、申立人から当裁判所に対し前記ヤマカワ・テルエの失踪宣告を申立てたので、当裁判所(昭和三九年(家)第二八七八号事件)は事実調査をした結果、昭和四〇年九月一三日同女が昭和二八年月日不詳以来七年以上生死不明であるから失踪者とする旨の審判をして同年一〇月一日右審判が確定した。それ故、同女は昭和三五年一二月三一日死亡したものと看做されることになつたので相続が開始した。

ヤマカワ・テルエがロドルス・ヤマカワと婚姻当時、ロドルスの本籍地であつたインドネシアはオランダ領であつたため、テルエがオランダ国籍のステータスを取得した可能性が考えられるが、インドネシアの独立時においてヤマカワ・テルエがインドネシア国籍を取得したか否か不明(一九四九年一二月インドネシアがオランダから独立した際インドネシア在住民はインドネシア又はオランダいずれかの国籍選択の自由を与えられたので、テルエの所在をつきとめ、本人に確めない限り同女の現在の国籍を確認することは不可能な状況であるとのことである)であることは、最高裁判所事務総局家庭局長の調査嘱託に対する外務省アジア局長の回答書により認められる。凡そ外国人が死亡してその相続財産が日本に在る場合、何人がその相続人となる能力を有するか、又如何なる順位で相続人となるか等相続については法例第二五条により被相続人の本国法に依るべきものであるから、日本人である前記外川正次の死亡により、その五女に当るヤマカワ・テルエが父正次の財産を申立人等と共同で相続したものであることは、我が民法第八八七条により明らかである。そうして死亡したものと看做されたヤマカワ・テルエの相続について同女の本国法に依るべきところ、同女の国籍が判明し難いことは前記の通りであるから、本件は被相続人テルエの本国法による相続人のあることが明かでないときに当るので、相続財産の所在地である日本の裁判所は、当該相続財産につき利害関係を有する者の申立により、相続財産の管理人を選任することができるものと解するのが相当である。もつともこの点について、我が法例には直接の規定がないから、その選任について如何なる国の法律に準拠すべきものか明らかでないが、財産所在地法である日本の法律に従つて選任するのが相当であると考える。けだし相続財産管理人の職務執行の範囲は一般に属地的なものであつて、必ずしも他国に在る資産の管理に及ばないものであり、又日本における相続人不存在手続の目的は相続人の捜索と相続債権者のための清算であると解されている(中川編註釈相続法上巻三四〇頁参照)のだから、このような目的をもつ相続財産管理人が財産所在地法によつて選任され、その職務を行つても、属人的性格をもつとされる相続の実体を損うものではないと考えられるからである。

そこで本申立は相当なものと認め、主文のように審判する。

(家事審判官 坪谷雄平)

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例